|
| 【おことわり】宣教師の安全のため、宣教師名、団体名はふせてありますが、以下のレポートは信頼できる情報にもとづいたものです。 |
北朝鮮レポートNo.1(1997年10月)
| No.1 | No.2 | No.3
| No.4 | No.5 | No.6
| No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |
あなたは、包囲と、敵がもたらす窮乏とのために、あなたの身から生まれた者、あなたの神、主が与えてくださった息子や娘の肉を食べるようになる。─申命記28:53
日本から来られたA師とB兄と共に、中国の東北地方に行く機会が与えられました。ここは中国の少数民族である朝鮮族の人達が数多く住んでいる地域で、北朝鮮に対しても極秘で伝道活動がなされています。北朝鮮は誰でも行けるわけではなく、朝鮮族で北朝鮮に親戚がいる人達は、親戚訪問と言う名目で行く事が出来ます。
今回は実際に北朝鮮に行って来た人達から生々しい現状を聞いてきました。北朝鮮の飢饉は、現在マスコミで報道されている以上に深刻で、大飢饉の状態です。中国と北朝鮮の国境地帯は、川で隔たっており、川幅は僅か30メートル前後しかありません。中国側では稲やトウモロコシは非常に良く育ち、今年は豊作のようですが、向かいの北朝鮮側はトウモロコシでも他の作物でも、中国の三分の一位の高さにも満たない状態です。肥料がなく、2年続きの洪水や異常気象で、その田畑を回復する能力がなく、肥料工場は既に食料を買う為に機械類が売られ、多くの工場は作動出来ない状態にあるとの事でした。
北朝鮮の人々は木の皮や草を煮て食べ、ある小さな村でさえ、毎日40名前後の子供達が餓死しているとの事でした。人間が死ねば、腐る前に食べ、ある時は墓を掘り起こしてその死体を食べるとの事です。飢えた子供達が町を歩いていると、大人が食べ物をあげるから家に入りなさいと誘い、入って来たなら殺して煮て食べるとの事です。生まれたばかりの赤ん坊ですら、食べてしまい、子供の腸で腸詰めを造って食べるとの信じられない話しを聞きました。
毎日かなりの人達が北朝鮮から中国に密航し、11月にもなると、国境の川が凍結する為に、その人数はさらに増えるとの事です。中国側で飢えを満たした後に、再び北朝鮮に帰っていく密航者が多いとのことです。昨年までは、密航者が中国側で見つかった場合は、両国の取り決めで中国の公安局は北朝鮮に引き渡さねばなりません。その際、中国側は手錠をはめて、国境の橋の真ん中まで密航者を連れて行き、その後北朝鮮側の警察に引き渡されるのですが、その際、北朝鮮の警察は手錠がなく、直接針金を肩や耳や鼻等に突き刺して連行し、すぐに銃殺刑にしてしまうとの事でした。ソ連にも密航していく人達がいて、ある時ソ連側が3人の密航者を引き渡そうとし、その内の1人をまず最初に送り返した所、その場で殺され、その残忍な殺し方を見たソ連の警察は残りの2人は引き渡しを拒んだとの事です。
私達は何カ所か中国と北朝鮮の国境を見に行きましたが、向かい側には援助物資を待っている人達が道を埋め尽くし、服装は貧しく、靴もまともに履いていないし、痩せこけているように見えました。驚く事には、車がたった一台も走っていないのです。中国側は車も自転車も、牛車や馬車なども忙しく動き回っていますが、北朝鮮側は道はあっても、人が歩いているのみで、車は動いていません。ガソリンがないとの事でした。鉄道もありましたが、汽車は殆ど走っておらず、不定期的に一日にわずか一回だけ走っているのを見たという人がいました。
若い女性の密航者は、暴力団に捕まって2万元から3万元くらいで中国の南方に売られていくとの事です。彼女達は身を売ってでも、飢えて死ぬよりはましだと考えて、命がけで逃げて来るようです。
私達はある別々の場所で2人の密航者に会い、質問しました。内1人は、2日間かけて密航して来たばかりで、その方も北朝鮮の現状は惨憺たるもので、彼の弟の息子さんも24才で餓死してしまったとの事です。軍隊や公安の間では、互いに信頼関係が全くなく、上級兵士は下級兵士に鉄砲の弾を渡さないとの事でした。全く本音を喋れないので、その精神的圧迫と、飢えで人民は極限状態に達しているとの事でした。だからと言って政府に逆らって立ち上がる力もなく、現在の北朝鮮の選択は唯2つで、内側からの現体制の崩壊か、戦争の勃発しかないと言っていました。
もう1人は、90人の部下がいる共産党の幹部で、彼は昨年の半ばから食料を買う為に家財を売り始め、今年2月には全てを売り尽くし、一文なしになって中国に密航して来ました。彼は現在ある教会で聖書の学びをしていて、そこで訓練を受けた後には再び北朝鮮に帰って福音を伝えるとの事でした。飢饉は一般庶民だけではなく、このような幹部にまで及び、兵器工場の職員も餓死に追い込まれているということです。今年に入ってからはどこの会社も殆ど給料は未払いの状態が続いているとの事でした。
日本の人工衛星から、洞穴にビニールが被せてあるのが見えたらしいですが、それらは先ほどの密航者のように、食料を買う為に、家財や家を売ってしまった人達は、最後には洞穴を掘って住むとの証言から、家を失った人達の住居だろうと思われます。人間は飢えてくると動く物は何でも食べ物に見えてくるとの事でした。
北朝鮮には公認教会がありますが、それは全く西側に対するジェスチャーで、信仰を持つ事は不可能に近いとの事でした。しかしそのような状況下で福音は間違いなく中国の朝鮮族の人達を通して伝わり、現在では家の教会は800箇所ほどあるとの事でした。あるクリスチャンは3年前に北朝鮮に入った際に伝道し、3名の人達が救われたそうですが、現在はその数が16名に増えているとの事でした。
密航者の中には、韓国に亡命しようとして韓国大使館に入ったつもりが、北朝鮮の大使館だった為に、すぐに捕らえられ殺されたとの事です。特に亡命者の残された家族は悲惨で、簡単には殺さず、なぶり殺しをするとの事でした。平壌のホテルには沢山の食物が売られているように見せかけてあるそうですが、それは外国人観光客に見せる為に置いてあるとの事です。
活ける真の神を否定する国が、いかに悲惨な状況に陥る事かを見せられましたが、そのような極限状態にいるクリスチャン達の希望は、唯天の御国のみで、その求め方は、尋常ではありません。
今後中国の東北地方に行き、北朝鮮の方々に対しても中国に住む朝鮮族の兄弟姉妹方を通じて福音伝道の業がなされますように祈らされております。韓国語の小さい聖書(新約のみでも可)をお持ちの方がありましたら、お送り頂けますと感謝です。
皆様の熱いお祈りとお支えに心より感謝しつつ。
《祈祷課題》
1.北朝鮮が現在大飢饉の状態です。その人達の救済と福音伝達の為に働いている中国東北地方の朝鮮族の方々の為に。韓国語聖書や援助物資の購入の為に。
2.現在C省は厳しくて行く事ができませんが、D省は規制が緩く、教会も急成長
して、私達が訪問したE市の家の教会は数十人から数百人規模の家の教会が60箇所以上に増えています。聖書の不足が深刻で、今年中に何回か訪問して聖書を届ける事ができるように。
3.D省の少数民族の家の教会も成長していますが、極貧の為に子供達は殆ど裸に
近い状態で生活しています。古着等も届けて生活面の援助ができるように。
4.中国に返還された香港は、現段階では全く問題なく中国に聖書を届ける事がで
きます。今後も多くの日本の兄弟姉妹方が、この働きに参与して下さるように。
5.中国東北地方に行って痛感させられた事は、日中戦争時代に日本人が残した爪
痕が各地に残っているということです。私達の中国宣教を通し、謝罪と和解が進められていくように。
北朝鮮レポートNo.2(1997年12月)
| No.1 | No.2 | No.3
| No.4 | No.5 | No.6
| No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |
そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。─マタイ25:45
★餓死者続出
今回は零下20度前後という極寒の中、日本のA師と共に北朝鮮との国境沿いの中国の町々に行くことが出来ました。日本の兄弟姉妹方から北朝鮮の方々の為にと献げられた尊い御献金を、3カ所の真実に北朝鮮に伝道している教会に届ける事が出来ました。
数人の北朝鮮に行って帰って来た人達の証言では、今年の冬は果たして越せるかどうか、恐らくかなりの凍死者と餓死者が出るだとうとの事でした。北朝鮮の食料生産は1995年には150万トン(これでも絶対数は不足)あったのが、1996年は130
万トンになり、1997年はさらに悪化して100万トンにも満たないとの事でした。
1997年は一年間全く配給はなかったのですが、金正日が党書記に就任する10月頃に、やっと7キログラムの配給があったとのことですが、一般庶民の空腹を満たすには、あまりにもほど遠い量です。
餓死者の数は増える一方で、1つの郡で毎日数十人の死者が出、北朝鮮には200くらいの郡があるとの事ですので、その数は恐るべきものです。金日成が亡くなった
1994年には2400万人だった人口が、現在では2000万人をきっているとの事で、その減った人口の多くが餓死したものと推測されます。結局食料が不足して体力が無くて病気にかかり、しかも病気になっても抵抗力がない為に、死んでしまうとの事でした。しかも病院に行っても薬が無く、自分で調達して持って行かねばならないとの事でした。墓は増える一方で、新しい墓は掘り起こして、まだ腐っていない死体は食べるとの事でした。人間は飢えてくると、自分だけが生き残ろうとの強い思いが出てきて、家族の中でも愛はなくなるとの事です。ある親は列車が出発し始めた時、口数を減らす為に、自分の娘を窓から捨てたと言う話しを聞きました。狂うように泣きじゃくる幼子を振り切って、その母親は列車で去って行ったのです。
★国外逃亡者に関して
1997年には4000人余りの北朝鮮からの逃亡者が中国で逮捕され、北朝鮮に送り返されたそうですが、帰ってからの酷い仕打ちを恐れ、途中で自殺する人がかなりいたとの事です。見つからずに中国に潜伏している人達の数は、数万人にも及ぶだろうとの事でした。
北朝鮮では他府県に行く時は、通行証明書や出張証明書等が必要だそうですが、現在は国全体が食料不足である為に、他府県に食料を調達に行く事が許されているそうですが、1週間たっても帰って来ない場合、亡命と見なされ、残された家族は収容所送りになり、そこで酷い目に遭います。韓国に亡命した留守家族に対する仕打ちが最も酷いとのことでした。家族の1人が亡命した事が判明した場合は、留守家族は突然行方不明になります。公安がどこかの収容所に引っ張って行くわけですが、近隣に住んでいる人達は、その事を口にする事を恐れます。
今回は3名の北朝鮮からの亡命者と会う事が出来ましたが、その中には11才の女の子もいました。私達ははじめ6才前後と思いました。あまりにも背が低いからです。しかし聞いてみると11才とのことで驚きました。栄養が足らない為に大きくなれないとの事です。中国の東北地方に住んでいる朝鮮族の人達は、大柄の人が多いのですが、北朝鮮では身長170センチでもかなりの長身だそうです。
★北朝鮮への宣教
私達が行った3つの教会は、何れも北朝鮮に対する宣教活動を極秘の内に行っており、私達が滞在している間にも、夜中の11時半に凍結している豆満江を渡り、決死隊の5名のクリスチャン達が聖書をはじめ食料、衣類、薬、献金等を携えて北朝鮮に渡り、早朝4時過ぎには無事に帰って来たとの事です。11月になると国境の川が凍結する為に、毎日多くの北朝鮮の人達が食料を求めて中国に渡り、満腹になって北朝鮮に帰って行くとの事です。見つかれば銃殺になる恐れがあります。
決死隊の兄弟姉妹は大きな危険を冒し、宣教の為に命を賭けて戦っている姿に深い感動を覚えました。北朝鮮では福音を伝える事は非常に困難で、昼間福音を伝えても北朝鮮の人達は恐れて聞こうとしないそうです。しかし、夜になると、個人的に福音を伝えると受け入れる人達が多いとの事でした。
★北朝鮮は国自体が牢獄
北朝鮮では、現在中国が一番豊かな国で、次が北朝鮮だと宣伝しています。日本やアメリカは資本家が人民を搾取して、一般庶民は乞食同然の不自由な生活を送っていると言っています。しかし、彼らには言論の自由は全くなく、ラジオやテレビもハンダ付けがしてあって、韓国や中国の放送が聞けないようになっています。徹底した洗脳教育が施され、多くの人達はそれに騙されています。
★偽教会と偽牧師、偽信徒
北朝鮮には、西洋諸国からの援助を受ける為に、偽教会が設立されています。そこには偽牧師がいて、信徒も偽物で、祈りすらできないとの話しです。そこに献金したものは、全て政府に行ってしまうとの事でした。この北朝鮮に、一日も早く福音が力強く広がっていくことができますように。愛に飢え乾いた北朝鮮の人達が、朝鮮族の兄弟姉妹方の宣教を通して救われますように、どうぞお祈りを宜しくお願い致します。
★交通機関について
前回も走っている車を一台も見いだす事ができませんでしたが、今回もそうでした。以前にガソリンで走っていた車は、木炭車に改造されて走っているものがあるとの事です。元山から羅津までは、本来毎日1回汽車が走っていたそうですが、本数がどんどん少なくなり、今では10日に1回しか走らないとの事です。しかも10両編成の列車には一枚のガラスもなく、椅子もなく、中国の人達は見るだけで恐怖感を持つような列車との事でした。ある中国の朝鮮族伝道者は、北朝鮮に15日間滞在しましたが、オートバイの音を1回も聞かなかったとの事です。
★中国には北朝鮮のスパイが3000人近くいる
私達はE町のあるレストランに入りました。そこの従業員の90%は北朝鮮から来たスパイだとの事で、非常に驚きました。彼らの写真を撮ろうと思い、私と一緒に食事に来た人達を撮る振りをして、彼女達を撮ろうとしたのですが、カメラには写るなとの指示があるようで、まんまと逃げられてしまいました。日本語で話しをしたら、理解出来るようなのですが、それを隠していました。英語も出来るようですが、それも隠しています。色々な質問をしたら、都合の悪い所だけはとぼけて言わないのです。この3年間の内に、韓国人で北朝鮮宣教に関わっていた人が3人殺され、北朝鮮に拉致された韓国人もいると聞きました。暗黒の中に住む民に、一日も早く光が照る事を願ってやみません。
「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。」イザヤ9:2
皆様方の変わらないお支えとお祈りを感謝致します。新しい年も、皆様方にとりまして、希望溢れる年となりますようにお祈り申し上げます。
北朝鮮レポートNo.3(1998年2月)
| No.1 | No.2 | No.3
| No.4 | No.5 | No.6
| No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |
「彼は貧しい人たちに散らして与えた。その義は永遠に続くであろう」と書いてあるとおりである。─Uコリント9:9
★3名の脱出者
1月某日に香港を出発して、約1週間北朝鮮の近くの中国の町々に行ってきました。今回は3名の北朝鮮から脱出したクリスチャンに会って、北朝鮮の実状を聞きました。彼らはある山を越え、3つどもえで警備をしている国境警備隊の目を盗み、その交代時期を狙って脱出したとの事でした。彼らは家族があるので、食料と援助物資を取りに来て、再び北朝鮮に帰って行きます。もし帰らなければ家族は収容所送りになる為に、彼らはどうしても帰らねばなりません。来るにも帰るにも、命がけなのです。しかし、ある監視所では、中国に行く際には捕まえないで、帰って来た者を重点的に捕まえるとの事です。何故なら、中国に行く時は、物が無いため、その調達に行くので、その時捕まえても何の収穫もありません。しかし、中国から帰って来る時は、家族への沢山の食料やお金を持って帰って来るので、その時捕まえて、持ち物を全て没収し、自分たちの物にしてしまうとの事でした。
前回政府高官の黄氏が韓国に亡命した時、その翌日には、彼の親戚8等親までが全員収容所に送られ、一夜にしてどこかに連れ去られたとの事でした。今彼らがどのような待遇を受けているか、分からないとの事です。
★廃墟と化した鉱山
彼らの住んでいる地区は、アジアで2番目に大きな鉱山があります。実際にその場所に行って見ましたが、町には電気が3ヶ月以上完全に途絶えていて、機械も全然稼働しておらず、本来ならば、最も経済活動の活発なはずの地域が、全くの廃墟と化しているのには驚きました。その地域には、日本人が戦争前に残した家屋が、今もそのまま使われています。その地域に人間が行き来しているのは確認できましたが、車は一台もありませんでした。
★逃れの家
私達が訪問したある家は、国境に近く、毎日数名の北朝鮮からの脱出者が立ち寄ったり、物乞いに来るとの事でした。夏になると干した洗濯物がよく盗まれるとの事です。彼らの家には、今年の1月1日から22日の間に、84人が立ち寄りました。私達が行った日にも、私達が到着する直前に、1人の北朝鮮からの脱出者が立ち寄って、食事をしていったとの事です。
冬は凍結した豆満江を渡って来るので、衣服は濡れないのですが、夏彼らが渡って来た場合は、びしょぬれで、すぐに衣服を提供するそうです。衣類が盗まれるのも、そうした川を渡って脱出する人達の着替えとなるのです。
★命賭けの救済
この家の主人(65才位)が、昨年、北朝鮮から来た子供達を家にかくまったところ、中国の公安局がやって来て4000元の罰金を科したのです。しかし、そんな大金はないと言うと、家財道具を没収して持ち去ったのです。
この家の息子さんのK兄弟は、宣教と援助物資を届ける為に、昨年6月北朝鮮に
2週間不法滞在をしました。すると北朝鮮の警察に捕まって、2ヶ月間身柄を拘留されました。その時、椅子にくびり付けられて、殴る蹴るの暴行を加えられ、椅子が壊れるほど叩かれたそうです。北朝鮮の法を犯すものは、外人であろうと本国人であろうと容赦はしないとの事です。しかし、K兄弟が留置さている間に、多くの公安局関係の人達や軍の高級兵士と知り合いが出来、以来その高級兵士が脱出者の帰国を安全にできるように取り計らってくれるとの事でした。その兵士は、K兄弟の家にも商売をする為に、立ち寄り、歓待を受けたそうです。それで義理がある為に、彼の家族には色々な便宜をはかってくれるのです。その兵士は、自分の首がかかっていて、これが上部に知れると、彼の地位はなくなる可能性があるので、逃亡者をしっかりと保護して、安全に北朝鮮に帰らせてくれるとの事でした。それで、今回3名の脱出者の兄弟達も、その兵士の手厚い保護の元に、安全に帰らせてもらえるだろうとの事でした。
★北朝鮮の人達の敵
この3人の兄弟達は、現在は食料も無く、泥棒が沢山いるが、彼らが警察に捕まって食べる食事も、家で食べる食事も、殆ど変わらないと言っていました。北朝鮮の人達にとって一番の敵は、韓国であり、2番目の敵はアメリカ、その次が、食事時に入って来る客との事です。自分達の食べ物すら無く、他人に提供出来る物は何もないのに、それを狙って来る客は、敵だと言う道理なのでしょう。
★北朝鮮食料事情
食料事情が悪い為に、家族の仲は冷え冷えとしていて、夫が食料が調達出来ないなら、妻は夫に食べさせないし、或いは、子供にさえ食べさせるのも親が厭うほど、食料事情は悪化しているとの事でした。
今年の初めに、中国からその地域に1トンの米を持って行ったのが、1月20日には全く無くなっており、私達はその時、数百sの米をトラックに積んで持って行きました。今年1月に、一家族当たり1sの食料の配給が、その地域にあったそうですが、僅か2日しかもたなかったとの事です。
ちなみに、中国では230元(約3700円)で100Kgの米を購入する事ができます。今回はチャーチ・オン・ザ・ロックのクリスマス・チャリティーコンサートで捧げられた献金はじめ、アメリカや日本からの献金を合わせて合計25万円弱を届けましたが、これで米が6.5トン購入できる計算になります。
★北朝鮮に対する宣教
私達が行ったその家庭では、北朝鮮から人々が来る度に、衣類や食料を提供しているだけでなく、来た人達には福音ビデオを見せて伝道しています。北朝鮮の人達の思想は堅く、ただ話しただけでは、なかなか福音を受け入れません。韓国のビデオなんかを見せても、こんなに発展しているはずはないと言って信用しないのですが、徐々に心が溶かされ、最後にはイエス様を信じる人達が出て、福音ビデオによってイエス様を受け入れている人達が沢山起こされています。
★魂の刈り入れの時
現在、中国から北朝鮮に通じている国境税関は7つありますが、その付近には何れも沢山のクリスチャンがいます。現在少なく見積もっても、10万人のクリスチャンがいると言われています。彼らは極秘で連絡を取り合い、集会も少人数で行っています。
今は、北朝鮮は正に魂の借り入れ時が来ています。福音の種が撒かれてそんなに時間が経っていませんが、もう既にその実は熟していて、魂が刈り入れ待っています。
私が今回献金をお渡しした3カ所の教会では、いつも北朝鮮に行く人達がいますが、最初に行った所では、明日2人で北朝鮮に入ると言っていました。見ると米や醤油(固形)、食用油、衣類、点滴の管、各種薬、献金等がありました。その重量はゆうに500Kgを越えているのです。こんな物どうして運べるかと思えるような大きな荷物です。彼らの教会では毎月、或いは毎週のように教会員を派遣して北朝鮮に送っていますが、本来は親戚がないと朝鮮族でも訪問できないのですが、同じ姓の人を探し、その人と親戚だという証明書を作ってもらうとの事です。すると親戚が無くても行く事が出来るのです。そして、行った人達は、この宣教の働きを通して、信仰が素晴らしく成長し、生活が変わってくるそうです。今まで贅沢していた人達は、倹約するようになって、少しでも北朝鮮の人達の為に捧げようとするし、向こうに運ぼうと言う気持ちが起こってくるとの事でした。
皆様方の尊い御献金で、中国在住の朝鮮族の兄弟姉妹方が、中国で食料を購入して、北朝鮮に持って行くことが出来るのです。この働きが支えられ、地上で最も福音が閉ざされた地域に、救いのリバイバルが起こされるように、皆様のお祈りを今後とも宜しくお願い申し上げます。
《祈祷課題》
1.中国に引き続き聖書を届けることが出来るように。
2.北朝鮮が現在大飢饉で、庶民の忍耐は限界線に達しています。それらの人達の救済と福音伝達の為に働いている中国北地方の朝鮮族の方々の為に。韓国語聖書や援助物資の購入の為に。
北朝鮮レポートNo.4(1998年5月)
| No.1 | No.2 | No.3
| No.4 | No.5 | No.6
| No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |
愛する兄弟たちよ。よく聞きなさい。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富ませ、神を愛する者たちに約束された御国の相続者とされたではないか。─ヤコブ2:5
3月下旬に、日本から来られた2人の兄弟方と、北京で合流し、そこから中国東北地方に行きました。E市に着いた時の温度は、昼間は7度でした。前日は最低気温零下9度とのことで、中国の東北地方の寒さは、日本の北海道以上です。上空から見ると、凍結した川が、まだ沢山ある事が確認できました。
翌日、車で3時間かけて、中国と北朝鮮との国境地帯を訪れ、今年の1月に訪ねた家に行こうとして、その家の前を通りかかったところ、公安局の車が泊まっていました。私達はその家族に何かが起こったと推測し、訪問せずに、国境のゲートまで行きました。すると、食料を持って来る中国からの訪問者を待っている、一群の北朝鮮の人達を発見しました。
その後中国サイドから北朝鮮の村を見たのですが、前回行った時は、3ヶ月停電が続いていたですが、いまだに電気は通っておらず、5ヶ月以上に渡って送電はストップしているとの事でした。前回は零下25度の寒さだったので、人影は殆ど見なかったのですが、今回はかなりの人達が外出しているのが確認できました。北朝鮮の軍隊も国境地帯の警備の為に、緊迫した中で訓練をしていました。
その後、さっき訪問しようとした家に向かう途中、国境警察が、私達の乗った車に停止を命じ、パスポートや荷物を検査されました。しかも挙げ句の果てには、派出所まで同行してくれと言われたのです。しかし、私達を案内して下さったK師が、この人達は、今夕の飛行機で、E市から北京に行かないといけないので、時間がないと言って下さり、それならしょうがないと言う事になって、警察官は私達を行かせてくれ、難を免れました。カバンの中には、北朝鮮の方々に差し上げる聖書や衣服があったのです。
その後、来る時には訪問出来なかった家に寄ったところ、幸い警察は彼らの家に来たのではなく、別の家に捜査の為に来ていたとの事で、私達はほっとしました。北朝鮮からの密航者は後を絶たず、彼の家には、毎月100名を越える人達が北朝鮮から物乞いに来るとの事でした。
明くる日、私達は北朝鮮から中国に逃げて来た2人の姉弟に会いました。上のお姉さんは17才で、下の弟さんは14才とのことでしたが、どんなに見ても、小学校1
年と4年くらいにしか見えないのです。彼らの父親は、昨年10月に52才の若さで栄養不良の為に亡くなりました。即ち餓死したのです。母親は、今年2月に食料を調達する為に、家を出ていったまま帰らないとの事でした。消息は不明です。
この姉弟には、19才になるお兄さんがいまして、山に行って柴を苅り、それを市場に出しては売り、トウモロコシなどの食料を買って妹と弟を食べさせました。一日一食か二食しか食べられず、それでも頑張って養ってきました。しかし、お兄さんは妹と弟を、これ以上とても養えないので、あなた達は中国に逃げなさいと言ったのです。それで、今年3月23日に2人で図門江を渡って逃げてきたとの事です。川はまだ凍結していて、夜の6時頃に渡ったとの事でした。氷が薄くなっている場所があったので、片足を落としかけたそうですが、無事脱出に成功したのです。
彼らは中国のY市に着き、幸いそこには中国の国境警察はいなかったのです。そしてある農家の朝鮮族の家に2晩泊めてもらいました。そこの家族の人達は、彼らをH市までバスで連れて行きました。それは、中国の国境警察が北朝鮮からの脱出者を探す為に、巡回して調べているので、長くその場所に滞在できないためです。彼らをH市に連れて行き、H市からE市までの切符を買ってあげて、彼らをE市まで行かせました。
E市のバス停に着いたら、衣服はぼろぼろだし、臭いし、言葉は通じないので、沢山の人が集まってきて、あなた達はどこから来たのかと質問してきたのです。ある人は可哀想に思って、パンやお菓子を彼らに恵んでくれました。その時、K師の教会の大学生がその様子を見て、すぐに教会に連れてきました。現在はある人の家に預かられていますが、もし中国人が北朝鮮からの密航者を匿い、その事実が中国の公安に知られた場合は、4000元(約66000円)前後の罰金を取られます。又、もしその密航者が、中国で死亡した場合は、その匿った人は死刑にされるとの事です。
中国のある町で、教会員のDさんが、19才の北朝鮮から逃げてきた女性を匿って、お世話をしていました。しかし飢えの為に体の衰弱が激しく、ついに病気になって亡くなってしまいました。病院に行っても御元が証明が出来ず、北朝鮮からの密航者と分かってしまいました。中国の公安が来て、彼女を匿ったDさんは、すぐに留置所に入れられました。死因が断定出来ない場合は、Dさんは死刑を言い渡される事は確実です。しかし、感謝な事に、その村の村長さんが、Dさんは体の衰弱している北朝鮮からの密航者を助ける為に、家でお世話し、その後病状が悪化して死に至った事を証明してくれた為に、幸いDさんは釈放され、処刑を免れました。
ある教会でも北朝鮮からの密航者を匿っていますが、彼らは殆ど外出出来ず、家にいます。特に中朝国境地帯では、密航者の取り締まりが厳しく、匿う方も命がけなのです。
密航者の子供達は、教会で真剣に御言を暗記し、素晴らしい救いを受け、本当に輝いていました。彼らは再び伝道する為に北朝鮮に帰ると言っていました。この働きに携わっている朝鮮族の兄弟姉妹が、今後も支えられるようにお祈りお願い申し上げます。
《祈祷課題》
1.北朝鮮の人達の、霊的物質的救済。
2.中国家の教会への聖書搬入と、宣教の働きが守られるように。
3.私の韓国語の学びの為に。
北朝鮮レポートNo.5(1998年7月)
| No.1 | No.2 | No.3
| No.4 | No.5 | No.6
| No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |
そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。─マタイ25:34〜36
皆様方の尊いお祈りに支えられ、6月某日、中国東北地方へ行きました。今回も北朝鮮との国境地帯をタクシーで移動しつつ、北朝鮮の兄弟姉妹を、命を張って助け伝道している勇者数名と会い、アメリカの日系教会を通して捧げられた、尊い多額の支援献金を届ける事が出来ました。
★朝鮮族朴兄(仮名)の証言
朴兄は1989年に1回、96年に1回、97年に3回、98年には4回と、北朝鮮を訪れました。彼が96年に北朝鮮に行った際は、2週間の滞在を許されましが、97年になると2日間しか滞在させてくれなかったそうです。北朝鮮に入った時は、親戚の家で寝泊まりしました。旅館は冷暖房もなく、レストランも食材が置かれていない為に、自分で材料を持ち込んで料理を作ってもらわないといけないとの事でした。
北朝鮮では、羅津と清津が経済開放地区として西側に開放されています。昨年まではこの地域には子供達の乞食は殆ど見られなかったのが、今年に入って、経済開放地域にも多くの乞食がいたとの事です。
北朝鮮での交通は、目的地に行く為には、以前は汽車だけだったのですが、現在はその汽車も1週間に一回くらいしか走らないために、中国から来る朝鮮族の人達に便宜をはかる為に、バスを用意しているとの事です。しかし、切符代が高く、現地の人達には手が届かないとの事です。
汽車の線路は、長く使うと内側が摩耗する為に、内と外をひっくり返す作業がなされるとの事です。汽車は零下20度の厳冬でも暖房はなく、窓がついていれば良い方との事です。元山−羅津までの汽車には、一枚のガラスも入っていないし、窓枠すらもついていない車両があるとの事です。椅子もない車両が多く、屑鉄置き場でも見られないような代物とのことでした。車内は非常に不衛生で、蚤や虱が沢山いるとの事です。電灯がついていない為に、トンネルを通る時は真っ暗になり、そんな時にひったくりにやられるので、弱い立場の人達は恐怖感をおぼえるとの事です。
北朝鮮において体格の良い人は、50才以上の人達にしか見る事ができず、特に30
才以下で170センチを越える人は、まず殆ど見かけないとのことでした。165センチもあれば、かなりの長身に属するとの事です。このことは、1970年代になってからは、食料事情が悪化していた事を物語っています。
★北朝鮮から脱出した林(仮名)さん一家の証言
私達が会った家族はインテリで、それぞれ才能を持った人達でした。彼らは朝鮮族の李(仮名)さんが、一年前に北朝鮮に訪問に行った時に出会い、その時にもらった食料や援助金で最近まで生き続ける事ができました。しかし、最近その資金も尽き果て、餓死を待つのみとなりました。そこで彼らは故郷を離れ、中国との国境近くにまで逃げてきました。その後は北朝鮮を脱出する為に、2,3キロの道を家族で這って逃げ、中国側に着いた時には、服はどろどろになりました。
今餓死や病死者はどんどん増え、食料事情は年々悪化する一方だとのことでした。1995年約50万人の餓死者があり、その数が1996年になると150万人、さらに
1997年が約200万人となり、今年の6月までに死亡した人は、1995年から総計で
400万から500万人前後に上るだろうとの事でした。
餓死者は北朝鮮の中部や南部に多く、中国から離れれば離れるほど生き延びられる希望は薄くなるとの事です。清津以南では、墓地は増える一方だとの事で、墓が掘り起こされて、死体が食べられてしまうのを防ぐ為に、最近ではすぐに埋葬しないで、腐ってから埋葬するようです。そうすれば食べる事が出来ないからです。
今の北朝鮮の人達に食料を供給する場合は、その絶対量は350万トンと言われています。しかし実際に北朝鮮で産出される食料は約150万トンに留まっています。それ故に自国では約40%しか供給出来ない状態にあります。
外国からの食料援助は、その殆どが軍や党の幹部の手元に行くとの事です。それ故に、一般庶民がそれらを直接手に入れる事が出来ません。援助物資は、まず商売人の手を通してブラックマーケットで売られ、その収入は幹部の手に入ります。
中国との国境地帯に住んでいる人達は、親戚の助けを受ける可能性が高いのですが、国境から遠い地域ではそれすら望めないとの事です。
この家族は現在中国のある地域に潜伏していますが、万が一中国で公安局に発見された場合は、即刻北朝鮮に追い返され、後は処刑が待っているのみとの事でした。
私達は彼らと別れる時、本当に互いに涙を流しつつ、次回その地域に行った時は再び会えるかどうか分からない事を思いつつ、本当に神様助けて下さいと祈るのみでした。しかし、彼らの顔は救われた喜びに輝き、死の恐怖で怯えている様子は全く見受けられませんでした。主が彼らの避け所となっていて下さり、支えて下さったいる事を感謝したことでした。復活の主の命は、このような危機的状況の時にこそ、もっと力強く彼らを生かし、力づけて下さい事を確信致しました。今後もこれらの方々の為に祈り、サポートをさせて頂きたいと考えておりますので、お祈りとご支援を心よりお願い申し上げます。
《祈祷課題》
1.北朝鮮の人達への、聖書の搬入と物心両面の救済。
2.中国家の教会への、宣教の働きが支えられるように。
3.1996年に逮捕された兄弟姉妹は、現在牢獄で拷問と強制労働で苦しめられています。特に老年のM兄が、その苦役に堪えて、勝利する事が出来るように。一日も早く釈放されて伝道出来るように。
北朝鮮レポートNo.6(1998年9月)
| No.1 | No.2 | No.3
| No.4 | No.5 | No.6
| No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |
わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。─マタイ5:12
★北朝鮮への入国制限
私の知り合いのPさんは、今年5回北朝鮮に入って、聖書をはじめ食料や衣類を届け、福音を伝えました。8月にも北朝鮮へ入ろうと入国申請をしたのですが、却下されてしまいました。国家安全部の係官は、彼に対し、今年は行くことは出来ないと言ってきました。理由は、今年の4月に、朝鮮族の伝道者の2人の兄弟が、北朝鮮で宣教活動をしていて逮捕され、45日間身柄を拘留されました。それ以来、北朝鮮政府が、中国政府に対し、特に宗教関係者の北朝鮮への入国は制限するように通達してきました。
★北朝鮮の殉教者
今年の4月に、17才と18才の北朝鮮の女性のクリスチャン達は、北朝鮮のある町で伝道していました。それを見つけた北朝鮮国家安全部は、彼女達を羅津国家保衛部の地下牢屋に入れました。その独房は、足を延ばす事もできないし、立つこともできないのです。しかも天井には500Wの白熱電球がつけられていて、非常に熱くなり、それで拷問をしました。隣に入れられていた男性の囚人Mさんが、彼女達に、何故こんな所に来たのかと言って尋ねました。それで彼女達は、福音を伝えた為にここに入れられたと伝えました。そのMさんは、実は韓国に対する工作員で、特殊部隊の隊員だったのです。彼は飢えの故に、中国に食物を調達に行き、そこでクリスチャン達に助けられ、非常な神様の恵みを体験しました。そして北朝鮮に戻って来た時に、北朝鮮の国家安全部に捕まり、彼女達と同じ牢屋に入ってきたのです。
Mさんは中国に行って朝鮮族のクリスチャン達の信仰に感動し、同時に彼女達も同じ信仰を持っている事を知って、彼女達に同情しました。
彼女達は、最後は麻酔薬を注射され、今年の4月22日に地下の牢獄から出され、
2階の人体実験をする場所に連れて行かれました。そこで腹を真ん中から切り裂かれ、内蔵をほり出されて、その場で絶命しました。翌23日は、Mさんが同じ目に合う日でした。彼は麻酔薬を注射されて、地下の牢屋から2階の人体実験所に連れて行かれ、2人の係官はMさんの両腕を掴まえていました。その床一面には沢山の血が落ちていました。彼は元特種部隊の隊員ですから、非常に頑健で背も高く、力がありました。麻酔薬はきかなくて、2階の部屋に入れられ、1人の係官がドアを閉めようと、その場を離れた時に、Mさんはもう1人の係官を殴り、その隙に2階から下へ飛び降りました。その際に足を怪我しましたが、それほどひどくはなくて、そのまま逃げて行きました。Mさんは中国に行き、以前助けてもらったクリスチャンの家に行って、そこに約1ヶ月滞在して、全ての出来事を話しました。
もし彼が中国に逃げて来なかったら、北朝鮮でなされているクリスチャンに対する酷い人体実験の事実は、全く明るみに出なかったのです。北朝鮮で若いクリスチャン達が伝道し、捕まったら、殆どが彼女達のような目に合うのです。Mさんは1
ヶ月の後、朝鮮族のクリスチャンに連れられて北京の韓国大使館に亡命を申請しようとして出かけました。しかし、韓国大使館の門前で、Mさんと朝鮮族のクリスチャンは中国の公安に逮捕され、クリスチャンは五千元(約9万円)の罰金を科せられ、3日間身柄を拘留されました。Mさんは北朝鮮に強制送還され、恐らく既に殺されていると思います。
★2名の脱出者
前回17才と14才の姉弟の記事を載せましたが、彼らの19才になるお兄さんが、北朝鮮に残っているので、お金を届ける為に、最近2人で国境の川を渡って北朝鮮に帰りました。その際、500元はお腹の中に隠し、60元は後ろのポケットに持っていました。すると北朝鮮の国境警備隊に捕まり、弟の方は殴られました。お姉さんの方には何もしませんでした。しかし、後ろポケットに入れていた60元は没収されました。幸い500元は助かり、そのお金をお兄さんやお祖父さん達に渡すことができました。北朝鮮の1ヶ月の給料は、平均で70ウオンとされていますが、この金額は日本円になおすと、僅か65円ほどで、とても生活できる額ではありません。しかもその70ウオンでさえ、殆ど支払われていないとの事です。人民元500元となると北朝鮮の給与の約10年分に匹敵し、これで、家族も暫くは生活できます。
北朝鮮の人達の状況は、悪化の一途を辿っており、今助けの手を差し伸べなければ、人民が全滅するのではないかとさえ思えるほど深刻です。今後も日本から多くの兄弟姉妹方が、この地域を訪れて下さる事を願っております。
《祈祷課題》
1.北朝鮮の人達への、聖書の搬入と物心両面の救済と、日本から、さらに多くの方々が、宣教と救済のために現地を訪れて下さる事ができるように。
2.中国家の教会への、宣教の働きが支えられるように。
3.中国に待機している数名の北朝鮮からの脱出者が、現在韓国に亡命を申請し、受理されました。無事韓国に渡る事ができるように。
北朝鮮レポートNo.7(1998年10月)
| No.1 | No.2 | No.3
| No.4 | No.5 | No.6
| No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |
わたしは神に信頼するゆえ、恐れることはありません。人はわたしに何をなし得ましょうか。─詩篇56:11
皆様方の尊いお祈りとお献げものによりまして、今年一年も今まで導かれ、本当に心より感謝申し上げます。昨年の7月以来、特に北朝鮮の方々の為に働きをするよう主から導かれ、中国の北部に数回足を運びましたが、行く度に北朝鮮の状況は悪化するばかりです。
★増える一方の脱出者
ある兄弟の家には、昨年は一年を通じて北朝鮮から助けを求めて来た人たちが70
人だったのが、今年に入って9月は93人、10月の半ばには、既に50人が逃げて来ました。このペースでいくと、今後冬にかけて、毎月100人を越える脱出者が、その家を訪れる計算になります。しかも、そこは国境からかなり離れた地域ですので、国境付近はそれを遥かに凌ぐ人たちが脱出をはかっている計算になります。
★北朝鮮に帰る人達を狙う強盗
今年7月末に、2人の兄弟が北朝鮮から中国に逃げて来ました。彼らは中国に1
カ月半滞在し、9月初めに北朝鮮に帰ろうとしました。昼間に帰ると、北朝鮮側には警備員が監視している為に、捕まる可能性があります。又、中国サイドには北朝鮮に帰る子供達を狙って、強盗を働く中国人の浮浪者がいて、北朝鮮に持って帰るお金等を盗まれる可能性があると言う事で、彼らは真夜中に、タイヤのチューブを浮き袋にして、豆満江を渡って帰って行きました。
中国の強盗は、北朝鮮の人から物を盗んでも、彼らは抵抗できない事を知っています。もし抵抗した場合、公安に訴えて、彼らを公安に引っ張って行けば、彼らは北朝鮮に強制送還され、もっと酷い仕打ちと、収容所送りが確実な為に、泣き寝入りせずにはおれないのです。人の弱みに付け込んだ犯行は、卑劣ですが、北朝鮮をそのような国にした指導部の罪は、もっと重いと言わねばなりません。
★軍の不満、極限に達す
最近北朝鮮では軍事クーデターが何回か起こりかけたとの事です。若い団長はじめ、80人の軍人達が、クーデターを企てました。しかし、その作戦発動の数時間前に、失敗した時の処罰を恐れて、クーデター計画に参与していた1人が密告し、それによって全員逮捕され、処刑されました。
その中には将校クラスも含まれていたとの事です。現在かなり多くの若い軍人が、金正日に反感を持っていて、今後もクーデターが頻発する可能性があるとの事でした。
★アメリカ軍動く
10月にアメリカの衛星が、北朝鮮軍の動きが異常なのをキャッチし、韓国に攻めてくる可能性があった為、韓国には旅行しないよう、呼びかけていました。北朝鮮が韓国に攻めて来た場合、64万人のアメリカ軍が24時間以内に韓国に来るとのニュースが、香港の星島日報から流されました。
★青年の脱出者
北朝鮮から最近逃げて来た21才の青年は、北にいる時から既に栄養不良で、肉体的にも極限状態でした。彼は最後の力を振り絞って、中国側に逃げましたが、川を渡った時、途中で気を失ってしまいました。その光景を見た2人の中国人の魚釣りに来ていた人が見つけ、助け出して、自分の家に連れて帰り、数日間世話をして、今はある方の家に預かられています。
★この冬が越せるか
10月は北朝鮮でも収穫期で、飢えている人達は、その作物を盗んででも、何とか生き延びれたのですが、収穫が終わって、政府に収められた後は、何も畑に残らない為に、餓死寸前の人達は、豆満江を渡って中国に食料を取りに行くのです。今夏も洪水で作物はあまり取れず、4年連続の不作が続いた北朝鮮では、危機的な状況になると予想されます。それで、今年の冬に北朝鮮から脱出して来る人達は、今までで最大規模に達するだろうとの事です。その兆候として、既に北朝鮮の内陸部に住む多くの住民が、自分の家を捨て、中国との国境添いにかなり移動しているとの事です。そこには自分達が住む家がない為に、穴を掘って、その上にビニールを張って住んでいるとの事です。
★青年達の唯一の望み
今ある家には、北朝鮮から逃げて来た青年達が数名預かられています。彼らは純粋で、未来ある人達ですが、北朝鮮に産まれた為に、今は何の希望もなく、命からがら中国に脱出して来たのです。彼らが、もし中国で逮捕され、北朝鮮に強制送還されたら、命は無いという事で、南北統一の日を夢見つつ、中国で隠れて生活しています。この数年で、北朝鮮から中国に渡った人達は、50万人とも言われ、餓死者を入れると、その数は優に500万人を越えるだろうと言われています。
主が彼らを守り、彼らがこの危機的状態にある時に、神様に叫び求め、主にひたすら頼って、素晴らしい救いに預かる事が出来るようにお祈り下さいませ。
《祈祷課題》
1.北朝鮮の人達への、聖書の搬入と物心両面の救済を続ける事ができるように。
2.日本から多くの方々が現地を訪れて下さり、実状を知って重荷を持って下さることができるように。
3.中国で韓国語の聖書を北朝鮮の為に調達している働き人が守られるように。
4.中国家の教会への、宣教の働きが支えられるように。
5.中国に待機している数名の北朝鮮からの脱出者が、現在韓国に亡命を申請し、政府からは受理された返事が来ましたが、統一院からはまだ返事が来ていません。一日も早く韓国に渡る事ができるように。
| No.1 | No.2 | No.3 | No.4 | No.5 | No.6 | No.7 | No.8 | No.9 | No.10 |