トピックス7月18日号>

ニュースを見ますと、日本は大変な猛暑が続き、熱中病者が出たり、強風での災難にあったり、大変な状況だと知らされ、心の痛みを覚え、祖国日本の同胞のために祈るばかりです。
ここサンディエゴは最近暑さが加わってまいり、日陰を歩くと健やかな風が肌をさすらい、何と言ってもこの地独特の温暖な候を迎えていて、穏やかな清々しい気分で目覚めさせていただけるお恵みを感謝しています。
メキシコとの国境に近いチュラビスタの街は至るところ緑樹の茂る並木道があり、ちょっと目を凝らせて見ると新しく植えられた紅葉の苗木が、きちんと良い間隔を置いて植えてあります。ちょうど私たちに"大きくなるから楽しみに見ていてね"と語りかけているようです。
神様のなさることは時にかなってうるわしい!
今月のトピックスは次のものを掲載します。
1.榎本先生の著より(早天祈祷会で)
証=ラッドとし子姉
2.ホームレスの人々への伝道
証=ホワイトナック典子姉
4.音楽賛美礼拝
アロハ=ハワイから中村裕二・智恵子牧師夫妻を迎えて
今朝は大倉牧師の留守の早天祈祷会のため、先生が用意されたプリントに従って、各自が証をしました。そのプリントには、榎本先生の「ヨブ」と創世記の記事が載っていました。
ヨブ記36章15節
「神は苦しむものをその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれる」。
ヨブの友人3人は、苦難は罪の結果であると主張し、ヨブに罪を悔い改めるよう迫った。しかし、エリフはそれより一歩進んで、苦難は神の教育であると説く。「神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれる」という彼の言葉はその代表的なものである。」
創世記12章1節を見ると「時に主はアブラムに言われた」と記されている。この「時」とはどういう時であろうか。11章の32節を見ると「テラの年は205歳であった。テラはハランで死んだ」とある。テラとはアブラハムの父である。だからこの「時に」という言葉はアブラムの父が死んだ時にである。人間にとって肉親の死別はど悲しいものはない。牧師をしていて、愛する信徒が肉親との死別にあい、その悲しみに立ち会うことほどいやな時はない。どんな慰めもそこでは通じない。どんな親切もそこでは何の力もない。ただ、そこに立っているほかない。このときほど自分の無力さを感じさせられるときはない。
しかし、牧師がどんなにその人を愛していても所詮は他人である。本人の悲しみはとうてい味わうことができない。私も最近母を天に送った。伝道集会のご用に出かけていたときであり、母の最期に立ち会うことができなかった。小さいときからの思い出が走馬灯のように頭を駆けめぐった。自分の目の中にこんなにも涙がたまっていたのかと不思議に思うほど、涙が湧き出てきた。私ははじめて親を失うことがどんなに悲しいことかを知ったような気がした。
父を失ったアブラムもきっとその悲しみをかみしめたことであろう。彼の目もいつまでもかわかなかったことであろう。しかし、そういう悲しみの中で主は彼に語られた。彼は主の言葉を聞いたのである。それは「あなたは祝福の基となるであろう」との約束のことばであった。そのゆえに、彼は立ち上がり、新しい祝福を目ざしてその地を出で立つことができたのである。まさに、「神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれた」のである。
今の苦しみの中にある友よ、あなたはその苦しみに埋没していてはならない。目を上げて天を見よ、救いのみ手があなたの上に届いている。今、逆境に泣く友よ、人を避けて、天のしらべに耳を傾けてみよ、あなたはそこで神よりのたえなるおとずれを聞くであろう。そして、あなたの立っている所、あなたのおかれている場にも、命の泉がこんこんと湧き出ていることに気づかれるであろう。いにしえ、一人のはしためが絶望の中で泉を見いだし、その水を飲んで立ち上がることができた。(創世記21章15節以下)
大倉先生はこれらの「苦しみや試練の中にある時に語りかける主の言葉に耳を傾けましょう」今日、特にその様な中にいる方々を覚えて執り成しの祈りをささげましょう。と指導してくださり、証の時、祈りの時をもちました。
苦しみや試練に合うと、すぐその問題にばかりに心が捉えられ、自分で何とか解決しようとして、かえって自分を苦しめてしまい、心と頭の中でその問題がぐるぐる舞いをしています。
今朝の学びで「神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれた」とあります。
試練にあったとき、心の耳を開いて上を見上げなさい、救いのみ手がそこまで届いているのですよと、神様がお声をかけていて下さっています。今日心の耳を開いて聞くという大切なことを示され、そこには、「命の泉がこんこんと湧き出ていることに気づかれるであろう。」と、何とも暖かいお言葉に触れました。
なんとなく心にかかっていたあの事が、この事が、今朝このお方を避けどころとしてお委ねしたとき、主の慰めのみ手が私の心に差し伸べられて、この小さな痛みも癒され、心が軽くなりました。神様感謝します。尊い学びをありがとうございました。
アメリカ合衆国独立記念日祝日、帰郷した二人の息子、また4人の友人と共に、私たち家族は、一姉妹の芸術作品といっても過言ではない、美味しい、色彩色豊かな、何種類ものお寿司に舌鼓をうちながら、楽しい交わりの時をもつことができた。
ふとした会話の中で、次男がホームレスの人々に伝道していることがわかった。アパートを共有している4人(次男を含む)は、UCLAのCampus Crusadeに所属するクリスチャンである。簡単にホームレス伝道というが、容易いものではない。危険が伴うものである。
何ヶ月もかけてこのことは神様が良しとされることなのだろうかと祈り、意見がかわされた。 結局結論は出なかったようである。しかし、まずやってみよう! もしこのことが神様の御心でないならきっとこの計画は閉ざされるであろうとの力と勇気が与えられて・・・。
薬物中毒者、精神科の専門医を必要としている人、病気を抱えている人と、世の中から見離され、眼をそむかれている人々である。
次男たちは、祈りつつ、慎重に伝道すべき人を選んだようである。というのも、彼らには全く手に負えない、専門家の助けの必要な人がいるからである。
アパートに招き、食事をともにし、シャワーを浴びる場所を提供し、イエス様のことを伝える。 あっという間に、部屋中に異臭が漂い(荷物持参のため)、具合が悪くなることもある。彼らは、ソファーに寝るので、ソファーに悪臭がしみこんでしまう。精神的な病気のため支離滅裂な言葉を発し、話している内容が全く理解できない人、アパートに居座ってしまいそうになった人等、様々な人々に伝道したようである。他の友達への安全を考慮して、ホームレスの人がいる期間は、アパートへの出入りは遠慮してもらった。
その中で、一人のホームレスの男性、自称WolfがShoreline Churchに定期的に出席し、他のホームレスの人々にも伝道するようになった。何の生きる目的がなかった彼の心に、光が差し込んできたのである。イエスの愛を語り、愛を実践し、イエスを伝え始めた。
警察、病院からは厄介者とのレッテルを貼られ、心もとない人からの嫌がらせは日常茶飯事、路上生活のため常に危険と背中合わせ、冬の寒さに耐え、夜露をしのぐ厳しさ、心身共に病気になって当然である。同じ道を経験したものにしか理解できない世界である。だからだこそ、彼がホームレスの人々に、イエス様の愛を伝えることができるのである。同じ境遇だからこそ、聞く耳を持ち、共鳴してくれるのであろう。
私は、息子に尋ねてみた。何があなたをそこまで駆り立てるのかと・・・。
彼はただ一言、In order to bring Glory to God!
彼の言葉、そのままを引用したいと思う。
This verse(マタイの福音書25章:35-46節)has taught me the most about having a heart for service, generosity, and sacrifice for others.
The ideas behind it definitely motivate me to always be willing to serve and help!
常に人々に仕えること、自己犠牲の愛の実践である。
従うことは犠牲に勝る。
マタイの福音書25章:35-46節―
「あなた方は、私が空腹であった時、私に食べるものを与え、私が乾いていたとき、私に飲ませ、私が旅人であったとき、私に宿を貸し、私が裸の時、私に着るものを与え、私が病気をしたとき、私を見舞い、私が牢にいた時、私を訪ねてくれたからです。」(略)
「誠にあなた方に告げます。あなた方が、これらの私の兄弟たち、しかも最も小さいものたちの一人にしたのは、私のしたのです。」〔略〕
「誠にお前たちに告げます。お前たちが、この最も小さいものたちの一人にしなかったのは、わたしにしなかったのです。」
EMT (Emergency Medical Technician)として、Campus Crusade に属しFreshman の聖書研究のリーダーとして、メキシコ医療伝道、Honduras医療伝道、そして、ホームレスの人々への伝道、そして大学内で、イエスの愛を伝えたいと、滅び行く魂の救いのために走りぬいた彼の大学生活に終止符が打たれた。
大学院に進む彼のこれからの将来、神様は息子をどのように扱い、導いてくださるのであろうか。
「神に人に仕える主の器として、主よ、彼を豊かに用いたまえ!」と祈るだけである。
7月13日(日)の礼拝は音楽賛美礼拝でありました。北米ホリネス教団ハワイのウエスト・オファフ教会の中村裕二、智恵子牧師ご夫妻をお迎えして、神を賛美し、メッセージを頂くという素晴らしい礼拝となりました。お二人の略歴を紹介させていただきます。
中村裕二牧師:東京生まれ。78年ザ・スクエアのオリジナル・ベーシストとしてプロデビュー。後にフリーとなって、松任谷由美、松岡直也、矢野顕子、甲斐バンド、八神純子、佐藤隆など多くの実力派ミュージシャンのレコーディング、コンサートツアーで活躍されてきました。
85年にクリスチャンとなられ、91年に東京聖書学院を卒業されました。智恵子夫人との音楽宣教の働きとともに、大田区雪ヶ谷クリスチャン・フェローシップの牧師を努めてこられました。97年にハワイ・ウエスト・オアフ教会の日本語部の牧師として転任され、現在に至っておられます。
中村智恵子夫人:韓国のソウルで生まれ、米国留学後、中村裕二(ザ・スクエアのオリジナル・ベーシスト)と結婚されました。84年にクリスチャンとなられ、91年より牧師となられた夫とともに、各地の教会でのコンサート、また、一般に向けた賛美歌コンサートを開かれてこられました。NHK教育TV韓国語講座の歌、山田耕作メモリアルコンサートなどにも出演されました。97年に夫のハワイ転任に伴い演奏活動を小休止されておられました。2007年、古典曲から長男・匡(ただし)のオリジナルを服務2枚のCD(LA音楽)をリリースされました。現在演奏活動を再開されています。
〜大倉先生はブログ(世俗牧師宣言)の中で次のように書いておられます〜
かつて松任谷由美や甲斐バンドのバックでベースを弾いていた、もとザ・スクエア(現Tスクエア。ジャズ・フュージョン・バンド)のオリジナル・ベーシスト。巷では日本で三本の指にはいるべーシストと語り継がれている。
そんな中村裕二先生、そして奥様の智恵子先生がサンデイェゴに爽やかな風を残していってくれました。プロとして活躍していた時に、まず智恵子先生がクリスチャンとなり、その変えられた姿を通して、ある意味、人が求めて止まないものを全て手に入れていた先生がクリスチャンとなり、そして牧師となりました。
アリーナでスポットライトを浴びて演奏するのではなく、講壇でウクレレと共に「神の国と神の義をまず求めなさい」と語りかける先生。そのメッセージと共に歌われる智恵子先生の賛美がしっかりとお二人の生涯をして天を指差していました。先生ご夫妻の専売特許(ブログ)ですが、サンデイェゴでハレルヤ! マック
中村先生、智恵子先生素晴らしい賛美礼拝を心から感謝いたします。ありがとうございました。ハレルヤ!
次回アップデート2008年8月20日
通信員 ラッドとし子